10章 光奈の正体 宿の扉をあけると見知らぬ人物と清海達がいた。結局武器は買わなかった。 レリは素手で戦うからってグローブを買ったくらいだし。 あたしもいらないのよね。この装置があるし。 「ただいま!」 「あー、腹減った!」 入口で靖と出くわした。 剣の素振りが終ったって? 確かに、息があがってるわね。 「あ、おかえり」 食堂ではドタバタ劇が繰り広げられてるみたいで美紀だけがあたし達に気づいた。 「フェシミナさん、なんで貴方がここにいるんですかっ!」 ラミさんが誰かを叱ってる。しかも年下に向かってさんづけ。何事? 「お、光奈じゃん。いつの間に来てたんだ?」 「知り合いなの?」 靖曰く、レストランで知り合って……店の剣が凄いとか脱線が多くて左耳からするっと右耳へ抜けていく。 「わわっ。ラミさん、朝から早々怒ってたらよくないよ!」 誰かさん、光奈とよばれた子が弁解しようとする。でも、怒ってる理由がわからなかった。 「ラミさん、なんで怒ってるんですか」 「それは……あなたたちには、言うべきかしら、ね。この方が神託の儀式から抜け出してここにいるからよ」 しんたく? 何よそれ。神鐸かしら。レリがあれぇ、と首を傾げて言う。 「お姉ちゃん、それって確か明夜って人がしてるんでしょ?」 「光奈は違うだろ?」 「だよね」 靖の問いに同じ頃出会った清海が答える。ラミさんはこめかみを押さえたまま動かない。 微妙な居心地の悪さがあたしたちを包んでいく。 その間に、他の食堂利用客たちは興味をなくしたみたいに視線を逸らしていった。 それを少しの間、だけど食堂の全体をラミさんは見回した。何かに警戒するかのように。 だけどまだ、ラミさんは口をきゅっと結んでる。さっき、怒る理由は簡単に述べたのに。 また周囲の注目がどこにあるか、自分たちにはもう誰も好奇を持っていないことを確認して。 それから耳を澄ますかのように瞼を下ろすこと数秒、その瞼が開かれた後で。 「あのね? この子がフェシミナガル・ラクィーア=ウェルハンカ。そして、ルフェイン国主明夜様」 「え────!?」 大声だしたもんだから他の人までこっちを振り向いた。でも、二度目だからすぐに注目の的から外れる。 「フェシミナガルって言うのは長いから光奈って略してるの。そういうわけで、よろしく」 「あ、そう……」 あんまり私達と変わらないくらいの子が重役をしてるわけ? 信じられない、親は何やってるのよ。 『バーン!』 何!? 食堂の大きな扉がけたたましく開かれた。その先真っ正面に女の人がいいる。 これには食堂にいる人間全員が目を丸くした。どうやってあの平均的な身体つきであんな音を? 「みつけましたよっ、フェシミナ様!」 人の目を気にすることなくつかつかとこっちに近づいてきた。ラミさんに向かってすっと手をあげながら。 「ラミ、ひさしぶりね。いつ帰ってきたの?」 「昨日よ。……それより、ファビア。また抜け出されちゃったの?」 光奈は常習犯だということがこの会話でわかった。良いの、国の統治者ともあろうものがそんなことして。 「そうなのよー。レックとカシスが見つけたか調べる大切な儀式なのに。フェシミナさまーっ!?」 「ファビアちゃんまで来ちゃった……」 がっくりと光奈が肩を落とすと、カシスとレックがどこかからか現れた。 「あ、ファビアちゃんただいま。帰ってきたよ」 「あれっ、何で明夜さ……い、いひゃいでふっ」 レックが続きを言おうとした所で光奈に頬を引っ張られてる。 「レック、ここでは光奈って呼んでよね、もしくはフェシミナ」 ファビアさんが私達の顔を見てよーく見て、ラミさんの顔を見た。何かしら。 「まさか……この2人がいるって事はこの子達が?」 「そうみたい。私も驚いたわ」 「ラミ、だったらすぐ宮殿にこの子達を連れていきましょう!」 「え、でも今日は武器屋を見るだけだって……」 お城に入るのは、偉い人にラミさん話を通して早くても明日って言われてたのに。 だから今日は武器屋で護身用の武器を手に入れてたら自由に街を歩けると思ってそれを楽しみにしてたのよ? 「そうなの? ああ、争いとは無縁の国から来たのだものね」 そう言われるとちょっと違うと反論したくもなるけど。まあ、確かに自分から首をつっこまなければ概ね安全だわ。 「この世界にいる限り、武器は携帯してるほうがいいわ。持ってるだけでも威嚇にはなるから」 「ここも十分、平和に見えますけど?」 「表面上はね。裏を返せば警戒が緩いということなのよ」 その表向きだけでも平和なら御の字じゃないかしら。 ああ、でも。ようやく伸び伸びと観光ができると思ったのに。しばらくはお預けね、それも。 昨日その前にまで来たときは閉ざされていた城門が、今日は開かれていた。 門を潜って、芝生と花壇で区切られた庭園を奥へと五分ほど進むと。石と水の景色に切り替わる。 芝生の端から架けられた弓なりの石橋の先は、石の床。その床下では水が流れ、魚が遊覧していた。 「あ、紫色の魚がいるよ。ほら、あそこ」 「ここには珍しい動植物がいるのね」 「青い薔薇も咲いてたよな。あれって確か」 「うん、自然界には存在しないはずなのにね」 まるで御伽の世界に入ってしまったかのようだわ。 異世界っていっても、まさかここまで生態系に違いがあるとは考えもしなかった。 「ねえ、鈴実今満足してるでしょ?」 清海があたしの顔をみて微笑む。清海は、あたしのそういう趣味を知ってるから。 でも他の皆には内緒だから、特に靖には。だからすんなりと頷くことはできなくて。 あたしはこつんと清海の頭を痛くない程度に小突いて返事をすることにした。 宮殿にはいったところで光奈が額に人差し指と中指をつけて逃走のサインを形作る。 「ファビアちゃん、私は儀式を抜け出した事を謝ってくるから。この子たちの案内よろしく☆」 そういって光奈は足早に去ろうとするけど、その肩は両方共にラミさんに捕まった。 「またどこかにいかれたら困りますから。私も、ご一緒します」 その言葉に秘められた無言の圧力については推してはかるべし。 ラミさんはじゃあね、と手を振って光奈のぴったり横を歩いて石造りの階段に消えた。 「では、私が皆さんを案内しますね。ついて来てください」 そう言われて、ファビアさんの赴くままに長い廊下を進み、ときに曲がりときに四つ路に出、階段を上った。 どこを歩いても廊下の幅が広いわね。無駄すぎるとも言えるけど。お城の中は、見た目と違わなかった。 だって、人が五人横並びで歩いてもまだ十二分に余裕があるのよ。こんなにも広いと、もったいない気もしてくる。 「すごいね……」 「まるでゲームの世界だ」 清海と靖は、自分たちがやったことのあるゲームのタイトルを並べたてながら、この現実を照らし出そうとしてる。 それでも、タイトルが底を尽きてしまう二人は暫く黙った。そこで完全に沈黙が舞い降りて誰しもが口を開けない。 静寂とも退屈とも取れる雰囲気を払拭したのはファビアさんの声だった。 それを耳にしたのが大きな木製の扉の前。どうぞと招く声で部屋に入ってみると、そこも広かった。 下手をすれば、学校の教室が四つ正方形型に連結したくらいの広さ。 大きなガラス窓から差し込んでくる太陽の光は長く伸びて、部屋の中央の円卓の白さを際だたせる。 その輝きに満ちた円卓の周りを十の猫足椅子が囲み、その丸まった足下には緋毛氈の絨毯があたしたちの足下まで広がってて。 窓ガラスの光を適度に押さえる衝立のそばに革張りのソファが二対。その向かい合う間にも、どっしりとした木製のテーブル。 それらが、声を張らないと会話には少し困るかもしれないくらいに離れて置かれてる。 他にも、どう呼べばいいのかわからない調度品やそれを乗せている戸棚が壁際に寄せてあったり孤立していたり。 どうにも、この部屋は普通の人間が通されるようなものじゃないように思えるんだけど。 収容できる総数の三十分の一しかいない相手に、この扱いは……さすがに異様じゃないかしら? だって、ここにいるのは地位も権力もない中学生の集団よ。集団っていっても全然団体割引もきかない人数だし。 「夕方にまた迎えにあがりますから。それまで寛いでいてください」 「あ、ファビアさん、あたしお姉ちゃんのとこに行きたいんですけど」 そう言ってファビアさんは部屋を後にした。内部をみて、言葉にならないあたしたちをほっぽりだして。 その後をレリが追って出ていった。すぐにのことだから、ファビアさんを見失ってはないでしょう。 それはそうと、右も左もわからないような場所で放置されると逆にそれまでの緊張は解れてくる。 だから、することがないなら皆手持ちのの武器を大きな机の上に置いて見せ合うことになった。 美紀は途中武器屋で弓矢を買っていた。弓道やってるものね、妥当な選択だわ。 レリは格闘派だから武器は必要ない。まあ、格闘っていっても喧嘩の延長上で、技が軽くなら使えるって意味だけど。 「なんだか緊張しちゃったね」 「ああ、城の中を歩いただけなのに」 「立ち入り禁止の区画表示がないと、同じでも広く感じるものよ」 清海と靖が早速ソファに腰を下ろして、びたーっと上半身を伸ばしながら呟いた。 美紀は二人の感想を冷静に受け取って原因を推察して提示してみせる。 あたしは、休めるときに休んでおきましょうという主旨のことを口にする。 「まぁ夕方まで時間は充分あるから。せいぜいくつろぎましょ」 「えー。こんなに広いとくつろぎにくいよ?」 「なあなあそれより鈴実もレリも、今朝どこに行ってたんだよ」 「んー、ちょっと二人で散歩に出かけたのよ。道に迷って、ちょっと一悶着あったけど」 パクティを見かけたり、道案内の子と進入禁止の森を通過しようとして湖で人命の危機。 レリがその子を助けに入った後、あたしはパクティの後をついて人間ではなくなった者を倒した。 それで根本的な解決に至ったということらしいけど、自分で確かめたことじゃないから結局はわからない。 まあ、この世界についての常識も価値観もないあたしに情報収集力を期待してもどうにもならないわ。 確証を持っていえるのは、あたしは人ではなくなった者を一人倒したこと、レリは一つの人命を救ったこと。 この二つだけ。レリが人命を救ったのだということさえわかれば十分よ。あの子は巻き添えだったんだから。 何かのためになったわけじゃない。プラスの結果もマイナスの結果もなし、それはそれで上等。 でも、思えば朝の散歩と言うには重すぎるわね。一悶着どころの話じゃなかった。 救えたとはいえレリが助けに行かなきゃ道案内の子が溺死するところだったんだから。 「へえ? 鈴実でも迷ったりするのね」 「一悶着って何があったの。レリと喧嘩しちゃった?」 「いや、俺が帰ってきた二人をみたときは別にギスギスしてなかったぞ」 だけど、あたしとレリの立ち回りを知らない三人はとんちんかんな会話を繰り広げた。 それであたしは、喧嘩よりも大変なことがあったことを三人にも教えることにしたわ。 朝の散歩を思い立った経緯から戦闘、帰って来るまでを詳しく説明する最中に部屋の掛け時計を覗くともう三時だった。 思ってたよりも時間の進みが早いわね。話し始めたのは十二時くらいだったのに。 「つまり、その装置が鈴実の武器になったんだな」 「パクティがねぇ。罠じゃないの、それ。大丈夫かなぁ……」 途中で部屋に運ばれてきた昼食を摂るときに使ったスプーンですくったゼリーを口に運びながら清海は少し眉を潜めた。 信じにくいでしょうね。幽霊が原動力になるというのも、そんなものをあっさりくれるパクティの真意も。 でもパクティの思惑はともかくとして、この装置が武器になるというのは事実よ。あたしはそれを実際に握ったから。 「発信器が仕込まれる、というのなら納得もできるけど……」 「コンパクトだよな。漫画の単行本より薄い」 「ええ。単なる発信機能だけならまだしも、他の出力機能を考えると難しいわ」 「幽霊を武器にするような物作れるなら、発信器もつけれると思うけどなぁ」 「それを考えると、答えなんて出しようもないわよね」 いくら考えても堂々巡りなら効果はない。だから、パクティについて考えるのはこれでやめておくことにした。 「それとレリが入り口に踏み入れた瞬間氷付けになったらしいけど、あたしは何とも無かったのよ」 「うーん……?」 レリはひさびさにゆっくり2人で会話がしたいからと言ってラミさんの所にいってていない。 「このジャケットのおかげかしら?」 「まっさかー。何の変哲もない普通のジャケットなのに」 「そうよね」 清海の言葉に頷いたとき、部屋の扉が開かれた。 入ってきたのはラミさんを探して出ていったレリではなくて、光奈。 朝のときに見せていたおちゃらけた雰囲気を消して真面目な顔を作ってる。 「あのね、話があるの。皆をこの世界に呼んで、話したかった理由を伝えたいの」 ああ。ようやく本題に入るってことなのね。あたしたちを呼び寄せたのは、他でもない彼女だもの。 あたしたちと見た目の年齢がそう変わらない少女があたしたちに用があるという。 「聞くわ。教えてちょうだい」 「皆には一度自分たちの世界に帰って、“禁界”とつながる“門”を壊してほしいの」 引き受けてもらえるのなら、これから詳しく説明したいんだけどと光奈は言う。 そういえばここに来て会った後どうするのかなんて考えてなかったわね。 トラブル続きだったし。考える暇がなかったとも言うけど。でも、それが頼み? 「いいよ。私達にできることなら」 「わかった。レリにもそう伝えとく」 「ありがとう。……じゃあ、詳細を教えるね」 光奈曰く。あるとき罪人が牢屋から逃げ出してあたし達の世界に転がりこんだ。 罪人は召喚士で、世界と世界を繋ぐ門を作れるのだという。門を開けば誰でも自由に世界間を行き来できる。 本来は、門を繋ぐこと自体は罪にはならない。問題は繋ごうとした世界にあった。 禁界と呼ばれる世界と、この世界を繋ぐ門を新たに作ろうとしていたところを罪人は捕われた。 その禁界っていうのが魔物に溢れた世界。禁界と繋がってしまえば、その世界に魔物が跋扈してしまう。 その罪人の手引きで人為的にあたし達の世界に魔物が現れた、とのこと。 いままではそんなことがなかったから、それを修正しなきゃならないんだって。 「でも、どうして私達に頼むの?」 それはあたしも知りたい。 別に、あたし達じゃなくてもできるんじゃないのかしら。 「それは……私が未熟で、みんな私の手助けで手がいっぱいなの」 自分の国の政治を一日執るだけでもてんてこ舞いなのに、それに加えて世界の門も管理しなきゃならない。 そんな余裕はないのだということを天に告げると一組の天使と悪魔がやってきた。それが、カシスとレック。 二人に門の管理を任せてきたけど、とうとうそれにもガタが出てきた。そんな頃にあたしたちの存在を知った。 前世の魂によって魔法を使うことが出来るあたしたちを。 「儀式だって私が魔力さえ出せば後は皆がやってくれる……本当なら私だけで済むことなのに」 後は何を言ったのかわからなかった。 光奈の声は震えていたから。 何故あたし達に限定するのか、説明の全てに納得できたわけじゃないけど。 引き受けると一度口にしたからには、説明不足だろうと約束を破ったりはしない。 「言いたくないなら言わなくていいから。あたしたちは帰るわよ」 光奈が部屋を去っていったあとに入れ替わるようにファビアさんが食事を持って現れた。 夕食を食べた後に、あたしたちはそれまでいたのとは違う部屋に通されて、そこでレリとラミさんに合流した。 部屋の床には一つの大きな円陣が描かれていた。部屋の床の大部分を使って。 円の中に、月と十字と三角形の描かれたそれは街中で見かけたものよりも書き込みが多い。 「この魔法陣からあなた達の世界へ戻れるわ。あ、ラミも帰省するの?」 「すぐに戻るわ。レリがどうしてもってきかないから、帰るけど。命令だから拒否も出来ないし」 「心配いらないわ、ゆっくり帰省してなさい。……親は自分より早く亡くなるんだから」 「ええ、それはわかってるわ」 「じゃ、お土産よろしくっ」 「あのね……」 呆れた顔で返答するラミさんは、それでもわかったわよと渋々頷いた。何か嫌なことでもあるのかしら? そんなラミさんの気分には頓着しないでファビアさんは最後の説明をした。 世界単位で人を移動させるのはは大変だということ。 不慣れな人間に任せるよりは、その世界の住人であるあたし達のほうが適性だからということもあること。 確かにね。文化も違えば身動きもとりづらいでしょう。でも、それを言うならどうして言葉が通じてるの。今更だけど。 ラミさんがあたしたちと一緒に帰るというのも、ちょっと首を傾げたいものだけど。人手が足りないのに、いいのかしら。 レリは嬉しそうに光奈のおかげでお姉ちゃんが連れて帰ることが出来ることにばかり目を向けてるけど。 それに、今あたしが水を差したら悪いわよね。レリの親御さんからすれば、それこそ飛び上がるくらい嬉しいことだろうし。 準備が出来たみたいで、光奈が呪文を唱え始める。魔法陣からほっそりと薄い光が湧き上り始める。 円の内側と外側、あたしたちと光奈たちをわけ隔てるように光は彩度を増し明確な境界線となる。 幻想的な光景の中心に立って思うのは、街の賑わい。森の深さ、朝日。短かったけど、楽しかったわねこの世界。 『パァ──ン』 渇いた音が響き渡る。目に映るのは光ばかりがぐるぐる回転する動きだけ。その先を伺い知ることは出来ない。 光と音が収束したとき、景色は移り変わっていた。生まれてからずっと見慣れた空間がそこにはあった。 |
2003/10/21 一度目の改稿 2007/08/10 二度目の改稿